河越城はどこにある?エピソードや歴代城主・観光できるかを紹介!

河越城は、埼玉県川越市にその歴史を刻む、日本の古城です。室町時代に築かれ、時の流れとともに幾多の武将によって支配され、改修されてきました。

この城は、戦国時代の激動や江戸時代の繁栄を見守ってきた、まさに生きた歴史そのもの。壮大な石垣、雄大な本丸御殿、そして神秘的な三芳野神社など、数々の名所が今もその姿を留め、訪れる人々に歴史の息吹を感じさせてくれます。

河越城の魅力を深く掘り下げる本記事では、その壮大な歴史と現在に残る遺構、そして城が持つ独特の文化を詳細に紹介します。

目次

河越城はどこにある?建てたのはだれ?

所在地埼玉県川越市郭町2丁目13番地1
アクセス・東武東上線・JR川越線「川越駅」もしくは西武新宿線「本川越駅」下車
・東武バス「札の辻」より徒歩約8分・小江戸巡回バス「本丸御殿」下車すぐ
電話番号049-222-5399(川越市立博物館)
営業時間9:00~17:00(受付16:30まで)
休業日・毎週月曜日
・休日の翌日
・第4金曜日
・12月28日〜1月4日
築城した人太田道真、道灌父子
築城した年1457年(長禄元年)
主な歴代城主扇谷上杉氏、後北条氏、酒井氏、堀田氏、越前松平氏、
天守閣の有無なし
観覧料大人100円/学生・生徒50円/児童30円

「小江戸」と呼ばれる川越は、古い町並みが残り、多くの人々を魅了しています。そんな川越において、川越城は見逃せない歴史的名所です。

川越城は、埼玉県川越市にその名を残す歴史的な城です。武蔵野台地の端に建てられたこの城は、江戸時代には川越藩の中心として栄えました。今日では、その歴史を感じさせる遺構が、訪れる人々に昔の物語を語りかけています。

川越城は、歴史を知る上で欠かせない場所です。1457年に上杉持朝の命により太田道真・道灌親子が築城し、以降、江戸時代を通じて関東の守りとして重要な役割を果たしてきました。太田道灌は築城の名人としても知られ、江戸城の設計にも関わったとされています。

川越城の施設と魅力

かつての川越城は、現在の初雁公園から川越市役所に至る広い範囲に広がっていました。城の遺構は多くが失われてしまいましたが、一部は今も残っています。

例えば、本丸御殿の玄関や大広間、家老詰所などの建物が、1848年に建てられた姿のまま現存しており、埼玉県の重要文化財として保護されています。これらの建物は、江戸時代の川越藩17万石の風格をしのぶことができる貴重な遺産です。

城内には、天神曲輪と呼ばれる場所に移築された三芳野神社があります。この神社は、城を築いた太田道真・道灌親子によって建てられたとされ、長い間、城主や領民から厚く信仰されてきました。

また、「霧吹きの井戸」という特別な井戸も残っており、かつては井戸の蓋を開けると霧が立ち込めて城を隠したという言い伝えがあります。

川越城の本丸御殿は、江戸時代の大名の生活を垣間見ることができる場所です。その中でも、大広間は日本でここと高知城にしか残っていないもので、特に価値が高いです。この大広間で、かつての武士たちの生活や文化を感じ取ることができます。

本丸御殿の荘厳な姿は、訪れる人々に江戸時代の栄華を思い起こさせ、歴史のロマンを感じさせてくれるでしょう。

川越城とその周辺は、歴史を感じながら楽しい時間を過ごすことができる、特別な場所です。

河越城の歴史とは?どんな出来事があった?

室町時代、扇谷上杉氏の上杉持朝は、古河公方の南進に備えるため、家臣の太田道真・道灌父子に1457年、河越城の築城を命じました。この城は、自然の要害を利用した平山城で、周囲の河川が天然の堀となり、敵の侵入を防ぐ要塞でした。

その後、河越城は様々な武将によって拡張や改修が行われました。特に、太田道灌は連郭式縄張りと呼ばれる独特の築城方法で知られ、敵が侵入しても各曲輪で防ぐ巧妙な構造を作り上げました。

また、上杉氏と北条氏の間で何度も争奪戦が繰り広げられ、1546年の「河越夜戦」では、北条氏康が奇襲によって大軍を撃退し、河越城を手に入れました。

その後も河越城は多くの武将によって改修され、特に松平信綱は大規模な拡張工事を行い、城はさらに堅固なものになりました。江戸時代には、河越城は川越藩の中心地として栄え、城下町は物資の集散地としても重要な役割を果たしました。

しかし、明治維新を経て、河越城は次第にその役割を終え、部分的に取り壊されることになりました。

それでも、本丸御殿や土塁、富士見櫓跡などが現存しており、埼玉県指定史跡に指定されています。

また、2006年には日本100名城の一つに選定され、2017年には初雁公園整備基本構想が発表されるなど、歴史的な価値を今に伝える取り組みが進んでいます。

川越城は、その歴史を通じて、日本の武家社会の激動と発展を象徴する存在です。現在もその遺構は、多くの人々に江戸時代の風情を伝える「小江戸」として親しまれており、歴史を感じることができる貴重な場所として存在しています。

河越城は今はどうなってる?観光はできる?

河越城は、現在も多くの名所を残し、訪れる人々にかつての武士たちの生活や、城が持っていた重要性を感じ取ることができる貴重な場所となっています。

歴史を身近に感じることができる河越城は、中学生から年上の方まで、幅広い層の人々にとって魅力的な観光スポットです。

本丸御殿

河越城の中心的な存在である本丸御殿は、かつての城主たちの生活の舞台となった場所です。幅の広い廊下、大広間など、重厚な建築が残っています。

入館料はたったの100円で、内部には使番詰所や家老詰所などが復元されており、当時の武士たちの生活を垣間見ることができます。

また、「JIN-仁-」のロケ地としても使用されたことがあり、歴史と現代が交錯する魅力的なスポットです。

中ノ門掘跡

本丸御殿から西に少し歩くと、中ノ門掘跡に辿り着きます。これは、敵が直進できないように設けられた3本の堀のうちの一つで、深さ7m、幅18mの堀が当時の勾配に復元されています。攻防の激しい歴史を感じさせる場所で、訪れる人々に当時の緊迫感を伝えます。

三芳野神社

本丸御殿の東に位置する三芳野神社は、川越城の天神曲輪に建てられ、「お城の天神さま」として長く親しまれてきました。

平安時代初期に創建されたと伝わるこの神社は、童謡「通りゃんせ」の発祥の地としても知られています。

参道はかつての細道の面影を今に残し、訪れる人々に静かな厳かさを提供しています。

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